先入観を払拭するには〜小室
気が抜けない。
メリハリがないと言われれば、あるのだと自負する。しかし、第三者から見れば一目瞭然。
よく言えば常にリラックスしてる。毎日楽しそう。
なんて手前味噌を並べる傍ら、集中力が乏しい、何も考えてなさそうという現状だったりする。その通りである。目の前のことは考える。しかし後先なんか考えtwも闇は深くなるばかり。ならば今だけ生きようと決めた。
そんな私だが、確かに集中力が乏しいのは重々承知だ。
だが今迄もなんとかなってきたのが事実だし、今もこうして幸せに生きてる。
言葉を脱皮させれば、色んな視野から物事の確認が出来て、興奮気味で輪郭から若干細部まで内容を捉える。といったところだろう。うん、自画自賛は不適なのでやめておきます。
自分で言葉を返すようだが、この短命な集中力のおかげで幾多の荒波に揉まれ、苦難を強いられてきたのも虚言じゃない。
自分でいうのもぎこちないが、うさぎの交尾みたいだ。
だれかれ構わず照準を合わせ襲う性欲に支配された脳内パロメーターは、興奮により振り切っているだろう。
そう、「興奮気味」というのが特徴です。
その場の感情で左右されてしまう呆気ないもう1人の自分がいる。
と、AB型のうさぎがいたとしたら瓜二つということにしておく。
そして今夜の悩ましいサプライズも、だ。
大先輩、突撃隣の晩ワインの時間。
やって参りました。大の苦手で、大好きな時間。
苦手っていうのは実力不足だから、自信がないから。の延長なのだが、実に恥ずべき姿だ。
自信がないとどうして苦手なのか。
多分上手くいかない自分を好きになれないから。
何かに怯えてる。
のがすこし前の私のあらすじ。というより三時間前の私。
周りの目に怯えてるのだ、周りに自分を過大評価してるのだろう、心のどこかで。
羞恥心を誇示で隠蔽したり、目に見えないプライドを掲げ自制心を保ったり、
自己陶酔した自分がまだいるのだろう。
どこか素直になれない。
そんな邪心を今夜は改心した、すこし自分を好きになれた1日でもあった。なぜか。
きっと
大の苦手で、大好きな行為だからだ。
その苦手意識を払拭すれば大好きな行為だからだ。
そう、自分を感違いしてた。やればできる。とか、
続ければえらい。なんて
もうどこにもないし、
無駄な努力がない。なんて難しい話で、実際無駄な努力は存在する。
有益な努力こそ
自身を裏切らないことを学んだ。
常に学び、教えを請うことは恥ずかしくない勇敢な近道だった。
何故自分が賢者のように自分を振舞ってたのか。
こんなに小さな心に目が行き届くようになったのは間違いなく、本を読むようになってから。
と学ぶ良き一日でした。
見栄っ張りな自分さよなら。
ようこそいらっしゃいました。ださい私。